院長のひとりごと

当初は、もう少し花鳥風月を愛でる話や、世相を風刺するようなことを書いていこうと思いましたが、いつの間にか情けない話ばかりになっています。かといって愚痴めいた話はいやなのでこのペースが続きそうです


院長のひとりごと その88

June.10.2016
 

 紫陽花

6月になり梅雨の季節なりました。街を彷徨うとあちこちに紫陽花の花が美しい姿を見せてくれます。
この時期になると思い出す事があります

 以前、訪問診療を行っていた女性(ここではSさんとします)。末期癌で定期的に病院に抗がん剤治療を行うために通院しつつ、在宅訪問診療を私が担当しておりました。
癌のために声を失っており、意志の疎通は筆談などでした。Sさんは癌が進行しつつも気丈な方で常に前向きな方でした
しかし非情なもので癌は確実に進行しているのが傍目で見ている私にもわかります。私が出きる事は疼痛管理とあとは話しを聞くぐらいでした。

 そうして月日が過ぎてゆき、癌の進行は明らかでした。病状は日に日に悪くなって行きました。「これ以上は在宅はむりではないか?」と懸念しつつ訪問を続けておりました。
 ある日「病院から疼痛コントロールのために再入院する事になった」と連絡がありました。しかし私からすると「病状が進行しており、これ以上の在宅での療養は困難であるための入院」としか思えませんでした。
 おそらくもう帰ってこられないと言う事であろうと私は覚悟しました。 最後の訪問の日、筆談で「また退院したら宜しくお願いします」とのことでした。ふと庭先を見ると紫陽花の花が間もなく咲こうとしているところでした。私は「退院したら一緒に紫陽花を見ましょうね」と言いました。彼女はニッコリうなずいてくれました。

 彼女は入院しました。しかしその後、一緒に紫陽花を見る事はかないませんでした。病院からはその後何の連絡もありませんでしたが結果はわかっています

今年は紫陽花が一段と美しく咲き誇っているように見受けられます。美しく咲き誇れば咲き誇るほど私にはその美しさが何とも切ないものに映ってくるのでした