院長のひとりごと

当初は、もう少し花鳥風月を愛でる話や、世相を風刺するようなことを書いていこうと思いましたが、いつの間にか情けない話ばかりになっています。かといって愚痴めいた話はいやなのでこのペースが続きそうです。


院長のひとりごと その 45

June.19.2005

ボーナス


 世間はボーナスの季節です。当院でも職員にボーナスを払います。もらう方はニコニコしていますが、こちらは払う方であり一気に預金残高が減るのでちっともうれしくありません。 



考えてみると私はきちんとボーナスをもらったことが無いのです。



 研修医時代は国立病院で研修をしていました。ボーナスの時期になると看護婦さんや事務員は気のせいかニコニコしています。テレビでは「公務員にボーナスが支給されました」とニュースで報道されます。そうすると患者さん達から「先生もボーナスをたくさんもらったのでしょう?」と聞かれます。

研修医にはそんなもんありません」と答えると

「おほほほ、うそおっしゃい

と本気にしてくれません。

当時は半年分の当直料をボーナスの時期にまとめて支払われ、何となくごまかされたものです。

 話は脱線しますが、当直料にしても研修医の当直料は一回7000円程度でした。しかも一人分の支給枠しかなく、実際は研修医は二人で当直するので我々が手に入るのは、その半分の3500円となるのでした。不眠不休で働いて一晩3500円!!いくら20年近く前の話といえども、ひどすぎますね。当時も「コンビニのバイトのほうが給料がはるかにいいなあ」と嘆いていました。文句を言うにも「研修中の身分でぜいたく言うな!」で終わりです。士農工商研修医と自虐的に言っていました。

こうやって書いていると今さらながら段々腹が立ってきました。

 話を元に戻します。

 2年間の生かさず殺さずのような研修生活を終えて大学に戻りました。当然、無給医です。大学からは一銭ももらえませんでした(現在のことは知りません)。

 当時はそこで医局から週に1ー2回各地の病院に派遣され、そこからもらう給料で生活をします。派遣先でもらう給料と当直のバイトで生活するのです。無論、派遣先でも正規職員ではないので満額のボーナスが出るはずもありません。それでもバイト病院からささやかながらボーナスを支給されました。それはそれはありがたいものでした。でも大学の事務や検査科の職員のボーナスの額を聞いて、その格差にびっくりしたものです。

 ある年、人手が足りないということでバイト病院に週3回派遣されたことがあります(大学では何をやっていたのでしょうね?)。半年ほど続きましたが、このときは回数が多い分ボーナスが増えて喜びました。ところがそのボーナスを手に入れた数日後に都民税の請求が来て、税金を払ったらほぼそのボーナスが無くなってしまいがっかりしたことがあります。そうです、バイトの身分なので都民税などは天引きでなく、毎年自分で支払わなくてはならないのです。ちなみにこの多めのボーナスは派遣回数が減ると同時に、やっぱり減りました。

 1993年に当時附属病院だった伊豆の稲取病院(今は附属病院ではない)に長期出張となりました。どういう仕組みか分かりませんが、稲取病院に出張のときは一時的に正規職員扱いになります。ですからボーナスも支給されるのです。いよいよきちんとボーナスをもらうことが出来るのか!と内心ほくそそ笑んでいました。

 4月からの赴任予定だったのですが、前任者が「4月まで働けばボーナスをもらえるので、もう少し待ってくれ」との要望があり赴任は6月からとなりました。したがって冬のボーナスは赴任した時期の関係でもらえませんでした。そして翌年になり、もうすぐ4月というときに医局から「癌研病院に行け」というお達しが来ました。


  通常、長期出張は一年半なのにわずか10ヶ月でお終いです。春になり、伊豆の一番いい季節を楽しもうとした矢先のことでした。これでは3回もらえたであろうボーナスを一度ももらえないことになります。

 悲壮感を込めて「(一度くらいボーナスが欲しいので)4月まで待ってくれませんか?」

と言ってみましたが、あっさり却下されました、、、、。

 稲取の事務員から「先生、4月までいればボーナスをもらえたのに残念ですねえ」と言われてしまいました。たぶん何気なく言ったのでしょうが、当方には非常に「イヤミな一言」に聞こえました。よほどひがんでいたのでしょうね。

 後任のドクターは4月から赴任したので冬のボーナスももらえたはずだし、とっても悔しい思いをしました。

 癌研では「嘱託医」という訳の分からない待遇でボーナスは無し!まあ学問的には非常に勉強になりましたがふところにはキビシイ病院でした。

 思い返してみると、私の年収は巷で言われる医師の平均年収を上回ったことは無く、むしろはるかに低いところにあったのです。


結局、南極、水道局! 私は一度も正規スタッフ扱いのボーナスをもらうことなく開業しました。ああ、あこがれのボーナス!!今はボーナスの時期は逆に支払う身分になり、さらに都民税の支払いも重なり、一層気の重くなる季節となりました。「ボーナス商戦!」などと聞くと、おもわず

「アホンダレえ!!おんどれはなめんとんのかい!!」

と広島弁?のような叫びをあげたくなります。

誰か私にボーナスをください!!