その4 とある認知症の方
March/4/2015
私が診察をしている患者さんに施設に入居中のとある男性認知症の方がいます
声を荒げるわけでもなく徘徊するわけでもありません。呼びかければ反応はしてくれます。でも会話ができるわけでもなく、うなずくだけです。食事は介助なしで食べることが出来ますが美味しいとも不味いとも言わず淡々と食べています。
リビングに居る時はテレビを見ていますが内容を理解しているかは定かではなく、「映像を眺めている」といったほうが良いかもしれません。
この方のまわりでは、時間がゆっくりと過ぎていくだけです。
しかしこの方の履歴を見てみると、画家としてそれなりの評価を受け、映像の世界でも活躍され、著作物も数冊あり、その方面ではちょっとした有名人だったようです。かつては門下生のような方もおられたようで「先生」と慕われていたようです。ネットで検索すると生年月日は書かれていますが「没年不明」とあります。まだ生きているので「消息不明」となっているのでしょう。
部屋の中にはかつて描いたと思われる絵画や作品が飾られています。素人の私が見ても素晴らしいと思うのですが、本人は何の興味も示しません。あれこれ尋ねても頷く程度で具体的な反応は見られません。ご本人にとってすでに何の価値ももはや見いだせないのかもしれません。
こうなってしまって果たしてどれだけ不幸なのであろうか?いや、でもここでは既にそんな評価は無用なものであり、ただひたすらゆっくりと時間が過ぎていくだけなのです。
以前は「もう少し元気になってほしい」とあれこれトライしましたが、わずかに以前より覚醒している時間が長くなったような気がする程度で「明らかな改善」とまではいきませんでした。
さりとて周囲に迷惑をかけるわけでもなく、本人から何か苦痛を訴えるわけでもないので現状よしとして経過観察にとどめています
おそらく、これからもこのままこの方はゆったりとした時間の中で過ごされていくのでしょう。そしてそれはそれなりに自然なことなのかもしれないと思う今日このごろです